時の過ぎゆくままに、その時その時の感じたことをブログにしています。
内田さんとお食事をする
JUGEMテーマ:グルメ
 先日近著を高校の先輩である内田さんに送ったところ、FAXが来ていっしょに食事をすることになった。内田さんはビール専門の輸入商社を経営されている方だ。今までも同窓会で何回もお会いしていたが、会社にお伺いするのは初めてで、ゆっくりとお話するのも初めてだったのとても楽しみにしていた。

代官山の駅まで社長自ら車を運転して迎えにきてくださった。ほどなく会社に着くとそのインテリアのすばらしいこと。さすがに世界各国と取引をしているだけに垢抜けている。社長室で田舎の話や某ヨーロッパの有名飲料の日本輸入にあたってのマーケティング戦略などを膨大な丸秘の資料を見ながら教えてもらった。

その後、タクシーで白金へ。日本料理の箒葊(そうあん)に案内される。ほかに客はいない。ここで内田さんの創業の逸話や現在の営業内容など詳しく聞かせてもらう。内田さんは元スキー選手で、札幌オリンピックを目前にした大学1年生の時にけがをして選手生活を断念、周囲を見返してやろうという思いから単身米国に渡り、ビジネスの種を求めて現在のビジネスに至ったとのことである。

よくありがちな創業社長の人生訓とは違って、聞いていてもとても楽しい。箏葊のお寿司がおいしいからかもしれない。内田さん曰くお寿司のしゃりは150粒がちょうどよく、温度は体温より少し高めがネタのおいしさを引き出すとのこと。

すっかりとごちそうになり帰ってきたが、こんなすばらし先輩がうちの高校にいたことを少し自慢に思うとともに自分もがんばっていかねばと思った次第である。
Posted by : 春野おがわ | お食事 | 15:17 | comments(0) | -| - |
2008年コンサート ベスト5
JUGEMテーマ:音楽

あと1時間ちょっとで2008年も終わろうとしています。
今年のコンサートのベスト5を挙げてみましょう。

1位 ウィーン国立歌劇場 ベートーベン「フィデリオ」
  10月29日 指揮:小澤征爾 神奈川県民ホール
2位 エディタ・グルベローヴァ オペラ・アリアの夕べ
  11月13日 指揮:ラルフ・ヴァイケルト 演奏:東京交響楽団 サントリーホール
3位 ウィーン国立歌劇場 モーツァルト「コシ・ファン・トゥッテ」
  10月21日 指揮:リッカルド・ムーティ 東京文化会館  
4位 ウィーン・フォルクスオーパ シュトラウス「こうもり」
  5月24日 指揮:レオポルト・ハーガー 東京文化会館 
5位 N響ほっとコンサート
  8月3日 指揮:梅田 俊明 NHKホール
次点 ウィーン・モーツァルト・オーケストラ 「クラリネット協奏曲 K.622」
  8月9日 Klarinette:Pierre Pichler 楽友協会黄金ホール ウィーン 
特別 クラリネット・フェスティバル多摩2008 協会ガラコンサート
   8月31日 指揮:山本正治 パルテノン多摩

今年はオペラを聞くぞ、と決めたのと幸運なことにウィーン国立歌劇場が来日したこともあり、存分にオペラを楽しむことができました。
ほかにもたくさんオペラに行きましたし、いつものように都響と読響の定期にもほとんどかかさずに行きました。これらの演奏もすばらしいものがたくさんありましたが、オペラの方が圧倒していました。

ウィーンで楽友協会黄金ホールに行けたのもよい思い出になりました。期せずして演目にK.622があったのにはびっくりしました。ソロはこのオケの首席奏者が、上着だけ着替えて吹いていました。これがうまいこと!! もちろん、楽器はエーラーでした。

クラフェス最終日の協会ガラは、実行委員会アンサンブルに私も乗りました。有名な奏者といっしょに演奏できてとても感激でした。

来年もよいコンサートにはかかさずに行こうと思っています。2009年もよい年になりますように。
Posted by : 春野おがわ | 音楽 | 22:50 | comments(0) | -| - |
ウィーン紀行
ちょっと前の話しですが、8月8日〜15日までオーストリアに行ってきました。久しぶりの海外です。オーストリアといえばウィーン、音楽の都ですね。実は2006年のモーツアルトイヤーの時に行く予定だったのですが、夏前に水腎症がみつかり夏に入院したりしていて流れてしまった経緯があります。夏のウィーンなんてコンサートがなくてつまらないという人もいるでしょう。でもオーストリアはウィーンだけじゃないですからね。今回はザルツブルグやヴァッハウなどにも足を伸ばしたので夏で正解でした。

まずウィーンですが、真ん中の数日を除いて寒かったです。上着がないととても我慢ができないくらいでした。普通は薄着の外人達も上着をしっかり着込んで歩いていました。夏休みという時期のせいか外人観光客がやたらと多かったです。イタリア人、フランス人、イギリス人、スペイン人、日本人、韓国人、中国人といった具合で何か尋ねようとしてもどれが現地の人か分からないくらいです。でもすぐに見分けがつくようになりました。やっぱり国は違っても観光客は観光客です。

海外では日本人観光客の評判がよくないようですが、私の見たところ日本人はだいたいツアーで団体行動をするので個人旅行者に実害は少ないのではないでしょうか? 目についたのはイタリア人のグループの傍若無人ぶりです。 だいたい10人から15人くらいで何家族かの家族旅行なのでしょう。まずチケット売り場で列をちゃんとつくらない。だれか1人ならんでいると仲間が次から次と割り込んでくる。びっくりするほど英語がわからない。だいたいドイツ語と英語で解説など書いてあるのでそれを読めばわかるはずなのに窓口で延々と主張する。しかもイタリア語で。日本に帰ってきて知人のイギリス人にその話をすると「ああ、それは有名だよ。イタ公って怒鳴ってやればいいのだ」と平気な顔でした。

有名な観光スポットでは中国人と韓国人の団体旅行が目に余りました。昔は日本人がそうだったのでしょう。旗を持ったガイドが他の客などお構いなしで大声で案内をして我が物顔で館内を歩いて行きます。少なくない人数の団体はそのガイドの後を津波のように動いて行きます。日本人はどうかというとあくまでも個人レベルですが、日本語の案内レシーバを耳にあて解説に従って他の外人たちといしょに館内を静かに歩いていました。オーストリアでは有名な観光施設ではだいたいこの翻訳案内レシーバが用意されていて必ず日本語もありました。

ヴァッハウ渓谷のライン川クルーズでは、ドイツ語、英語、イタリア語、スペイン語、日本語の順で案内が流れます。当然船は流れに乗って動いていますので、2番目の英語くらいで聞き取らないと最後の日本語が流れるころには景色はずっと後ろになってしまいます。それぞれの言葉の案内の時に顔がそちらの方向に向くので何人かすぐにわかって面白かったです。まだまだ話しはつきませんが、おいおい紀行を書いていきたいと思います。

JUGEMテーマ:旅行


Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 02:08 | comments(0) | -| - |
海での思い出を教えてください!
海での思い出を教えてください!
JUGEMテーマ:日記・一般


海での思いではたくさんあります。子供の頃の海水浴の思い出がいいでしょうか?
まだ小学生のころ、父に連れられて郷津の海に海水浴にいきました。
信越線で直江津に行き、そこで北陸本線に乗り換えて何駅か先です。
小さな弟もいっしょだったと思います。

当時はまだ蒸気機関車が引く列車が一般的で、直江津までの各駅停車が駅を出発するたびに大きく「ゴトン」と揺れるのが楽しかったです。直江津からの北陸本線は今とは違って少し海岸沿いを走っており、トンネルの連続でした。今では経験者しか分からないでしょうが、トンネルに入る前に機関車が「プォーーー」と警笛を鳴らします。それを聞くと乗客はあわてて窓を閉めるという作業の連続でした。トンネルで煙が入らないようにです。

実はその海水浴に行くまで、列車でトンネルを走る経験がなかったので、父が一生懸命窓を閉めたり、空けたりする姿をいまでもよく覚えています。

肝心な海水浴はまあり記憶がないですが、葦簀張りの質素な浜茶屋とあまりきれいでないトイレ、そして緑色に近い日本海のことをかすかに覚えています。
仕事が忙しくて父がどこかにつれて行ってくれることが少なかったので、いまでは懐かしい思い出でになっています。

Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 20:26 | comments(0) | -| - |
合宿といえば何を思い浮かべますか???
合宿といえば何を思い浮かべますか???
JUGEMテーマ:音楽


合宿といえば、中学時代の吹奏楽部の合宿です。この思い出は一生忘れないでしょう。またこれを超える合宿ももうないでしょう。

中学1年の時、貸し切りバスに乗り、楽器を積んだトラックを数台引き連れて100名近い吹奏楽部は合宿に出かけました。場所は黒姫山の中腹にある「ロッジ香風山荘」。冬はスキーロッジとして営業していたものが夏はお客もなく遊んでいたのです。まわりには何にもありません。

テレビもない、ラジオもない、新聞も生徒には無縁という環境でひたすら練習をしました。練習は屋外です。毎日朝食が終わると麦わら帽子をかぶり楽器と椅子と譜面台を持ってロッジのまわりの白樺林に場所をみつけて練習を始めるのです。個人練習、パート練習、全体の合わせと進んでいきます。
朝食と夕食は覚えているのですが、昼食はあまり記憶にありません。

白樺林といっても下は藪ですので、虫さされが多く「金冠」は必需品でした。漆の木に触ってかぶれてひどい皮膚になった人もいました。
昨年36年ぶりに思い出の地を訪れたことは昨年のブログに書きました。とにかく懐かしく、しばらくはその場を離れがたかったです。ロッジも個人の別荘に変わっていましたが、健在でした。

たった1週間の合宿がどうしてこんなに鮮明に脳裏に焼き付いているのでしょう。13歳になって中学校に入り、吹奏楽部でクラリネットと出会い、無我夢中で練習し、1年からレギュラー候補、当然1年生には難しい課題曲と自由曲。いま思うとよくもあんな曲を吹いていたものです。中学校の思いでは吹奏楽ばかりです。

合宿の最終日はアンサンブルの発表をしました。ロッジの狭い食堂で各パートが発表をするのです。その時吹いた曲が「グリーンスリーブス」です。バスクラを吹くK先輩が事前に丁寧に教えてくれました。1オクターブ低く吹く後をついて懸命に吹いたのを覚えています。その後高校でもK先輩はバスクラを吹いていました。高校がわざわわざ先輩のために購入したのだとあとで聞きました。

合宿の場所は翌年から市内の山間部の中学校寄宿舎にかわりました。それはそれで思い出があるのですが、まわりは田んぼで中学校の音楽室と変わらぬ暑さで、黒姫山の高原とは比較にもなりませんでしたが、屋上から見る夜の星はきれいでした。

夏になると中学時代の吹奏楽部の合宿を思い出します。もうあのときには戻れません。
でも記憶の中には10代のままの私がいて、鮮明にあの合宿は続いているのです。
いっしょに合宿した先輩がすでに2人も自ら命を絶っています。謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。



Posted by : 春野おがわ | 音楽 | 23:58 | comments(0) | -| - |
ブログを始めて何日(何年)経ちましたか?
ブログを始めて何日(何年)経ちましたか?
JUGEMテーマ:日記・一般


最近こっちのブログにはとんとご無沙汰である。
このブログを書き始めたのは確か2005年の秋だったと思うので、すでに3年近く経つことになる。だんだんと投稿が少なくなっているようだが、無駄なことを書かなくなったのかもしれない。でも不思議と毎日100人くらいは見にきてくれるし、月間でアクセスは4000件をくだらない。

実はこっちのブログを書かない間に仕事関係のWebサイトを立ち上げていたのである。
なかなか良い出来で、このWebサイトの中にブログ機能も盛り込んだのだ。

http://abc-onsulting.co.jp/

かと言ってこっちのブログを閉じてしまう気はないので、時々は書こうと思っている。
書き込みがないときは、Webサイトの方も見にきてもらえば何か書いている可能性はある。
コメントはできるので、お暇な人は是非どうぞ。
Posted by : 春野おがわ | なんとなく | 21:06 | comments(0) | -| - |
ウィーン・フォルクスオーパー 『こうもり』
JUGEMテーマ:音楽


これはこっちのブログでも開示しよう(内容は同じだよ)
ちなみにフォルクスはドイツ語で「市民」オーパは「歌劇」。すなわちウィーン市民歌劇場のオペレッタ公演ということ。『こうもり』は本当に楽しいオペレッタです。会場とのアドリブも笑えます。

土曜日に文化会館でウィーン・フォルクスオーパーの「こうもり」を見てきた。本物のウィーンのオペレッタで前からずっと見たいと思っていたので、昨年からとても楽しみにしていた。ご存じヨハン・シュトラウスの傑作で、ご当地ウィーンでは年末に好んで上演される作品だ。日本でオペラ鑑賞は高いものにつくが、今回も安くはなかった・・・。席は4階Lで偶然にもいつも都響公演をみている自分の席の一つとなり、金額は都響会員価格にくらべて10倍以上。まあ、でもいいや、待ちに待った公演なのだから。フォルクスオーパーは9年ぶりの来日である。

まず、観客がいつもの文化会館とは違う。皆着飾っている。品の良い老夫婦や上品な親子連れが多い。若いカップルもおしゃれをしている。そうそうこの感じ。オペラは見る者もそれなりに畏まらなければならないのだ。開演のアナウンスとともに非常灯も含めてすべて消されて会場がしんとして真っ暗になる。そして、序曲の始まり。うーーん、ウィーンの音だ。すばらしい。

幕があくとそこにはアイゼンシュタイン家の居間が現れる。今回の衣装はエヴェリン・フランクのオリジナルに基づくとのことで、まさに本物。19世紀のウィーンにタイムスリップしたようだ。24日だけ出演者が違うようで、ロザリンデもアデーレもアイゼンシュタインもパンフレットに載っている看板歌手とは違っているが、私にとってはこれがまた最高であった。オルロフスキー侯爵はヨッヘン・コワルスキーでアルフレートはルネ・コロでこれは代役なし。

第1幕と第2幕の間は、ロビーでのんびりとビールを飲む。他の人はビールなんか飲んでいない。ワインが多かったかな。第2幕のあとの休憩はいっきに1階に駆け下りてオケピットに近寄る。楽団員も休憩中なので、1stCla.も2ndCla.も楽器が無造作においてある(スワブが通してないままのもあったのでちょっと楽器がかわいそう)もちろんエーラーで、B管と少し小さな楽器、楽譜を見るとinBとinCの記載があったので、これはエーラーのC管だなと妙に関心してしまった。「こうもり」のCla.パート譜を見られたので大満足。

オペラの中身を書かないかのかって・・・、いいに決まっている! そんなこと書いていたらとんでもなく長いブログになってしまう。今年前半の珠玉の公演と言って良い。いや今まで日本で見たすべてのコンサートで一番良かったと言ってもいいくらいだ。 さて、10月にはウィーン国立歌劇場が名歌手を揃えて来日する。指揮はムーティ。モーツァルトの「コシ・ファン・トゥッテ」を上演することが決まっている。もちろん、こちらもうんと高い料金を払って席を確保済み。今年の後半もウィーンの音楽を楽しめそうだ。ちなみに「コシ・ファン・トゥッテ」はムーティが一番好きなオペラというのは周知の事実である。小澤征爾の「フィデリオ」も狙っているのだが、お金が続くかどうか???



Posted by : 春野おがわ | 音楽 | 06:17 | comments(0) | -| - |
長崎で喜波貞子展を見る
長崎出張の合間に久しぶりにグラバー園に行ってみる。
旧リンガー住宅の前に行くと中から「マダム・バタフライ」のアリアが聞こえてきた。
「喜波貞子の生涯展」と入り口にある。さっそく覗いてみる。

キワ・テイコとはいったい誰なのか。
各部屋の展示をみていくうちにそれは今世紀はじめにオペラ「蝶々夫人」役でヨーロッパで名を馳せたオペラ歌手「喜波貞子」であることがわかる。そういう人がいたことは知っていたが、恥ずかしながら名前さえ知らなかった。日本ではあまり知られていないらしい。

喜波貞子は1902年(明治35年)11月20日、横浜に生まれた。母方の祖母が日本人(この祖母が”キワ”という名前のため喜波と名乗ったらしい)、祖父はオランダ人で、父親はオランダ人商人だった。彼女は実はクォーターである。1920年、18歳の時に日本からミラノに渡り、声楽のレッスンを積んだ後、1922年、「蝶々夫人」のリスボン公演にマダム・バタフライ役でデビュー、以後、ヨーロッパで次々と公演を行い、有名になった。後にやはりオペラ歌手だったポーランド人ラヴィタ・プロショフスキーと結婚し、戦後はニースで暮らした。1983年にニースで亡くなっている。
夫を亡くした晩年、「日本には帰らないのですか?」との質問に「もう、日本に帰っても知っている人が誰もいないのです。」と語ったということが最後の部屋にかかれていた。

クォーターでありながら、18歳までに日本で身につけたことを生涯守り通し、日本人以上に日本人らしく、他を寄せ付けない完璧な「マダム・バタフライ」であったと言う。リンガー邸で流れたいたその声の美しさは、何十年も前のものとは思えないほど素敵な声だった。
今年はオペラを聴くぞときめているが、「マダム・バタフライ」もどこかでやらないかな。


JUGEMテーマ:音楽


Posted by : 春野おがわ | 音楽 | 09:32 | comments(0) | -| - |
けしからん! 中国警察当局 毒入りギョウザ事件幕引き
JUGEMテーマ:ニュース


中国の警察当局が、一連の農薬入りギョウザ事件で、中国側には非がなかったと一方的に発表した。何という厚顔無恥であろう。
北京オリンピックを前にして、事態の早急な収集が必要だったのだろうが、捜査で協力関係にあった日本の警察当局の顔は丸潰れだ。いや、日本国民に対する侮辱といっても良い。

日本をはじめ諸外国では、このようなでたらめな発表を信じることはないだろう。
まったくもって恥知らずな国である。

ほとんどの食材を海外に頼っている日本の足下をみているとしか考えられない。
中国の毒入り食材は日本国民を滅ぼすことにもなりかねない。
いっそのこと、中国からの食料輸入を中止するなどの英断が求められるだろう。

日本国民は今回の事件を他人事ではなく、真剣に考える必要がある。

Posted by : 春野おがわ | - | 23:58 | comments(0) | -| - |
第16回 クラリネットアンサンブルのたのしみ 終わる
JUGEMテーマ:音楽


うちのアンサンブルにとって年に2回の貴重な発表の場のひとつ、クラリネット協会主催の「クラリネットアンサンブルの楽しみ」が昨日開催された。

早いもので今年は3回目の出場となった。
このイベントは師匠の野崎先生が、協会のなかで楽しいアンサンブルのコンサートを主旨に提唱し始まったものだが、16回目を数える息の長い催しとなっている。

小編成のトリオから100名を超えるクラリネットオーケストラまで、様々な編成のアンサンブルの演奏が、半日間にわたって繰り広げられる。クラリネット吹きにはたまらない祭典で、今年は来場者も昨年より多く例年以上に楽しいコンサートになった。

われわれは少し古参になったのでリハの時間が遅くなったのだが、運営スタッフに指名されていたので、8:45集合で朝から働いた。演奏は10分だけだが、お仕事の方はたっぷりある。お手伝いの合間に演奏するという表現の方がぴったり。今回は直前まで本番前の緊張がなかったのだが、さすがにステージ袖ではのどがからからになった。

この催しはコンサートも楽しいのだが、なんと言ってもその後の懇親会がまた楽しい。
今年は懇親会への参加者もいつになく多く、会場は最後まで盛り上がっていた。
その後はこれも恒例の二次会。二次会も多くの参加者を得て、あちこちで何回も「乾杯」が繰り返されていた。

今年は同じ社会人のアマチュア・アンサンブルの人たちと親しくなることができてとても愉快な1日であった。
いつも翌日は二日酔いで頭が重いのだが、とても大きな満足感があったせいか不思議にそれほどつらくない今朝であった。

次は3月のアンサンブル・コンクールと協会の総会が待っている。

最後まで読んでくださった方、左下の音楽ブログランキングをクリックしてみてください。
Posted by : 春野おがわ | 音楽 | 10:28 | comments(0) | -| - |
TOP