時の過ぎゆくままに、その時その時の感じたことをブログにしています。
大学講義 前期成績判定
大学から学生の課題レポートが宅配便で届いていた。
着払いである。代金は講師の持ち出し。

昨年はこんな事はしなかった。期末試験で合格点に達しなければ、即「不可」判定でよかった。今年は少しでも「可」を出せるように「救済課題レポート」なるものを考案して実施した。マーケティング・コミュニケーション論で該当者4名、しかし結果がわかる授業に1名が欠席。救済対象から外れ「不可」となる。3名はかろうじて提出した。広告論で該当者1名、これも結果がわかる最終日の授業を欠席、対象から外れ「不可」。

やっとこれで、全員の成績判定を大学に送れる。
教育は「愛情」と「厳しさ」という信念をもっているが、果たして学生諸君は分かってくれているのだろうか?
まあ、信じていくより仕方あるまい。

講師家業もやっと夏休みに入ることになる。やれやれ。
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 00:24 | comments(0) | -| - |
改正教員免許法 成立
教育改革3法が20日成立した。改正学校教育法、改正地方教育行政法、改正教員免許法からなる。
改正教員免許法は教員免許状に10年間の期限を定め、免許を更新制にして更新時の研修を義務づけたものだ。これにより、「不適切教員」を教育の場から排除するとしている。

運用がうまくいけば良い制度と言えるかもしれないが、この制度が本当に実効をあげるかどうかは10年後を待たねばならない。具体的な制度の設計はこれからということになる。

先日、高校の同窓会に母校から出席していた若い教員に対して思わず大学での不満を言ってしまった。
「先生方は高校で生徒にどういう教育をされているのですか?」
「今の大学生は学ぶと言うことが分かっていませんよ!」
高校の教員にぶつけるのは酷だったのかもしれないが、彼らの言葉がまた良かった。
「いや先生そうおっしゃいますが、もう小学校、中学校からそう風にされてくるので、高校でその流れを変える事なんてできないのですよ。」
そんなことはない。やろうと思えばどこでもできる。現に私は大学で中学レベルの「学びの基本」を教えている。
なかなか学生は最初理解しないが、半年間根気よく言い続けるとそれなりに理解してくるものだ。

自分の子供をみていても、今の小学校の教員は”ひどい”の一言につきる。教員の免許制度を改正することも一つの方法だろうが、もっと大事なことは「教育とは何なのか」を免許取得前に徹底的に教えることが必要ではないだろうか。
教育に熱意を持ってもらうこと。それが何よりも先にしなければならないことだろう。
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 00:09 | comments(0) | -| - |
商業学会 もろもろ
明日から神戸の甲南大で日本商業学会全国大会である。
全国大会は初めての参加、しかも演題も通って自由論題で発表もある。

いろいろな先生からメールを頂く。
D社のU先生からは、早々とお祝いのメールを頂いた。実務家と研究者の二足のわらじを履いておられる。実務家の私にとって尊敬すべき方だ。
師匠のO先生はこの学会の重鎮。もちろん参加される。明日はセッションも持っておられる。師匠と同じ学会で発表できるのは弟子としてはこの上もない喜びである。
本日、リサーチ論の大御所のA先生からもメールが入ってきた。最近同じ協会でご指導を頂いている。会場でお会いしましょうとのことだった。

いやーーー。一流の学会で発表するというのは、こういう事なんですね。
選ばれた人しか参加できない。発表はもっとハードルが高い。
少しづつ、少しづつ、努力していれば報われるということが分かるととても嬉しい。

先日49歳になり、何が変わるかと思っていたが、これなんか、すごい変わりようですね。
5年前の院生の頃にはとても想像はできなかったことです。
人に追いつけ追い越せとやってきましたが、50歳を前にようやく真ん中くらいに来た感じですね。

着実に努力するひとが報われる学者の世界って公平でいいですね。


Posted by : 春野おがわ | 研究 | 01:01 | comments(0) | -| - |
故ジェームス・C・アベグレン氏に寄せ 加護野忠男氏
15日付け日経朝刊に神戸大の加護野先生が、2日になくなったアベグレン氏について寄稿していた。

はじめて知ったが、アベグレン氏は一昨年に米国籍を離れ日本国籍を取得し、日本人として逝去されたとのことである。まずは氏のご冥福を祈りたい。

アベグレン氏の功績は、日本人も気がついていなかった「三種の神器」について"The Japanese Factory"で明らかにしたことである。三種の神器とは言わずとしれた、終身雇用、年功序列、企業別組合である。これらユニークな経営の特徴は当時日本人にとっては当たり前すぎて気づかなかったのである。
そして、氏はこの特徴的な日本的経営について「欧米の経営とは違う。欧米よりも遅れているのでもなければ、劣っているのでもない。単に違うのである。」と喝破している。
もっと自信をもてというのが氏のメッセージである。

そのころから下ってグローバルスタンダードという経営がはやりだして、改革が叫ばれた。加護野先生は、この主張は誤りだったと指摘している。皆が同じように行動するようなグローバル市場は存在しなく、皆が同じように行動する市場は企業にとっても消費者にとっても利益はないと。

日本の経営をずっと見守ってきたアベグレン氏の功績は賞賛して余りあるが、今後の経営を考えて行く上でその鋭い視線は永遠に受け継がれていくことであろう。
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 23:01 | comments(0) | -| - |
明日から講義
あっという間に4月も中旬。明日から今年の講義がスタートする。
文部科学省当局の指導もあり、今年から講義日数の縛りがきつくなった。
昨年度まではセメスター12回がノルマだったのが、今年度から14回がノルマ。
講義日数が増えても給料は変わらず・・・・・。
非常勤はつらいですな。ま、講義の全くない月も給料はもらえるので文句は言えませんが・・・。

4月9日の日経新聞に武蔵大学の平林学長が、ゼミ改革について書いていた。
武蔵大では1年生からゼミがあるとのこと。うちの大学も1年からあるのだが。

平林先生によると少人数のゼミは体験学習を実施しやすいとのこと。
経済産業省が概念化した「社会人基礎力」によるところの知識を使いこなせる能力の養成に効果があるということだ。

社会人基礎力とは具体的には、
・前に踏み出す力(アクション)
・考え抜く力(シンキング)
・チームで働く力(チームワーク)
である。

ただ、先生曰く、各大学における地道な教育改革が受験生や社会になかなか認知されないのが課題だという。
教育とは地道なものだ。微力ながら邁進するしかない。
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 01:03 | comments(0) | -| - |
ファカルティ・ディベロップメント(FD) 大学教員の能力開発義務化
3月19日の日経新聞に立教大学調査役の寺崎昌男先生が、FDの義務化に関して書かれていた。
すでに大学院教員に関しては来月から義務化が確定しており、2008年からは学部教員に対しても義務化が予定されている。
ファカルティ・ディベロップメントとは「教授団の能力開発」と訳すのだそうだ。

寺崎先生は問題点を2点あげている。一つは、「能力開発」の目標が本質的な意味で達成されるか、もう一つは、「義務化」とはいったい何か、ということだ。
必要もない形式的研修を受けさせられるのはたまらないし、学生の授業評価がFDだと狭義に判断されると勤務評定とかわらないことになる。
教育という性格から学生の成長に対して教員が義務を負うのは職業倫理の問題であり、義務とはいえない。私学が国家に対して追う義務と解釈すれば理解できるが、そうであれば相当な財政的支援があってしかるべきである。

先生は義務化を前に解決すべき問題も2点掲げている。
第一はFDの範囲を狭く限定しないこと。第二はは将来大学教員になる大学院生に「大学教育とはどういうものか」を学ぶ機会を提供すること。

企業人であるとともに大学教員でもある私は、この問題提起に全く同感である。うちの大学でも授業毎に学生による授業評価が行われており、立派な報告書も作成されている。しかし、その結果が何らかの授業改善、すなわち教員の能力向上に役立っているとはとても思わない。
専任の教授連の授業では多くの学生が居眠りをしている。就職が決まらず非常勤をいくつも掛け持ちしている企業実務経験のない講師たちは「教育」などには全く興味がない様子である。
同じ大学で教鞭をとる恩師は最近「大学教育がわからなくなった」としきりにこぼしている。彼は若い頃、成績抜群で有名大学の博士後期課程まで修了した立派な研究者であるのに。

このFDの義務化が正しく機能することを祈りたい。ちなみに私の授業評価は全科目において全評価項目が大学平均を大きく上回っている。社員教育がきちんとできない企業は存続もままならないのだから当然といえばそれまでなのだが、専任教員たちがこの私の評価を不思議がっているのも事実だ。
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 17:19 | comments(0) | -| - |
研究会二つ 座長お役ご免
絶不調の間に私が座長をする研究会二つが相次いで終了した。
本来なら任務達成の満足感に浸っているのだが、やれやれというのが本音。

一つは足かけ4年24回に渡り○×△マーケティングに貢献すること大な研究会であった。
先週水曜日に過去最高の参加者のもと最終回。パーティも盛会だったが、何しろウーロン茶しか受け付けない。パーティのあとの主催者打ち上げもウーロン茶で途中退場。タクシーに飛び乗り死にそうになって帰宅する有様だった。

もう一つは本日、客員研究員をしている□□大学の研究所主催の研究会。
いままでにないテーマで、2年間12回開催し様々なメディアに取り上げあられた。春野も過去に写真入りで紹介されたりした。
今日はだいぶ体調がよくなっていたが、会社を出る直前まで、いくつものmeetingをばったばったと片付けて駆けつけたので、やっぱりへとへと。
参加者の皆さんから「春野さん八面六臂の活躍で忙しそうですね・・・。」と同情されることしきり。
座長はもっと悠然としていないとだめですね。

ま、研究会という名の会は終わったものの、すぐに5月からは別のセミナーが始まり今度は代表世話人。偉くなったのではなく、やることが増えただけ。
コンサル先の研修会も増える一方。

大学の学生の授業の方がよっぽど楽しかったりする。
そうそう初めての教え子の卒業式のことはこの次に。
やっぱり謝恩会途中退場で、家でバタン急と寝込みました。
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 01:16 | comments(0) | -| - |
ドイツ語 意外な効用
大学院時代の友人H女史とその先輩のN氏と会った。N氏は社会人で博士後期課程を3年で修了し、ストレートで博士号をとった秀才だ。
大企業に勤務しながら税理士事務所も開業している。

Hさんがなにやら「ドイツ語を始める」と張り切っているので、てっきり音楽でのことだとばっかり思っていた。Hさんはバッハを歌う合唱団に入っているので。

宴たけなわのころにそうではないことが判明した。
Hさんは博士後期課程への進学を考えていて、試験科目をドイツ語で受験しようとしているのだった。
なるほど。後期課程の試験の英語はとても難しく、受験者も多いことから社会人には狭き門になっている。

今年の試験は無理として来年2月まであと丁度1年、1年でドイツ語の経営学論文を読めるようになるのかどうか?
でもチャレンジすることは良いことだ。

私はといえばモーツアルトのオペラの歌詞がわかれば良いくらいでドイツ語をやっている。少しづつ思い出してはきている今日この頃である。
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 16:50 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
大学院の講義
明日は某大学院で集中講義をする.

うちの教授の持つ講座の一部を担当するのだ.
自分の大学院時代は,一方的に先生の講義を聴くというのはあまりなかったのだが,教授曰く講義でいいのだという.しかも院生さん用に配付資料も用意するのだそうだ.
院生はノートを取らないのだろうか?

ま,大学での学生向けの講義資料がたくさんあるので,それはそれでいいのだが,大学院という場所は自ら研究をする場であるのだから,授業といえども事前に自分で準備をして意見発表や中身の濃い討議ができるようにしておくのが本当だと思うのだが,これも時代なのだろうか?

授業を一方通行で聞いて分かった気になってもすぐに忘れてしまうだろう.
恩師曰く「すぐに使える知識は,すぐに使えなくなる!」
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 01:00 | comments(0) | trackbacks(1)| - |
日本商業学会 演題採択
昨日大会準備委員会からメールで連絡があり,演題が通った.
まずもって,今回は無理だと思っていたのでこんな嬉しいことはない.

全国大会は来年5月に神戸の甲南大で開催される.
師匠のO先生は商業学会の重鎮なので,いっしょに学会に行くことになる.

思えば,大学院を修了した際に同期のゼミ生みんなが入会希望で論文をつけて入会申請したのに次から次へと却下され,一番あとからおそるおそる申請した私だけが入会できたのだった.
その後,部会に参加したことはあったが,全国大会で演題が採択されるとは思ってもいなかった.

今年は広告学会全国大会で3年連続演題採択,発表を達成したが,来年は来年で研究活動も新展開になりそうだ.
Posted by : 春野おがわ | 研究 | 01:00 | comments(0) | trackbacks(4)| - |
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