時の過ぎゆくままに、その時その時の感じたことをブログにしています。
ウィーン紀行
ちょっと前の話しですが、8月8日〜15日までオーストリアに行ってきました。久しぶりの海外です。オーストリアといえばウィーン、音楽の都ですね。実は2006年のモーツアルトイヤーの時に行く予定だったのですが、夏前に水腎症がみつかり夏に入院したりしていて流れてしまった経緯があります。夏のウィーンなんてコンサートがなくてつまらないという人もいるでしょう。でもオーストリアはウィーンだけじゃないですからね。今回はザルツブルグやヴァッハウなどにも足を伸ばしたので夏で正解でした。

まずウィーンですが、真ん中の数日を除いて寒かったです。上着がないととても我慢ができないくらいでした。普通は薄着の外人達も上着をしっかり着込んで歩いていました。夏休みという時期のせいか外人観光客がやたらと多かったです。イタリア人、フランス人、イギリス人、スペイン人、日本人、韓国人、中国人といった具合で何か尋ねようとしてもどれが現地の人か分からないくらいです。でもすぐに見分けがつくようになりました。やっぱり国は違っても観光客は観光客です。

海外では日本人観光客の評判がよくないようですが、私の見たところ日本人はだいたいツアーで団体行動をするので個人旅行者に実害は少ないのではないでしょうか? 目についたのはイタリア人のグループの傍若無人ぶりです。 だいたい10人から15人くらいで何家族かの家族旅行なのでしょう。まずチケット売り場で列をちゃんとつくらない。だれか1人ならんでいると仲間が次から次と割り込んでくる。びっくりするほど英語がわからない。だいたいドイツ語と英語で解説など書いてあるのでそれを読めばわかるはずなのに窓口で延々と主張する。しかもイタリア語で。日本に帰ってきて知人のイギリス人にその話をすると「ああ、それは有名だよ。イタ公って怒鳴ってやればいいのだ」と平気な顔でした。

有名な観光スポットでは中国人と韓国人の団体旅行が目に余りました。昔は日本人がそうだったのでしょう。旗を持ったガイドが他の客などお構いなしで大声で案内をして我が物顔で館内を歩いて行きます。少なくない人数の団体はそのガイドの後を津波のように動いて行きます。日本人はどうかというとあくまでも個人レベルですが、日本語の案内レシーバを耳にあて解説に従って他の外人たちといしょに館内を静かに歩いていました。オーストリアでは有名な観光施設ではだいたいこの翻訳案内レシーバが用意されていて必ず日本語もありました。

ヴァッハウ渓谷のライン川クルーズでは、ドイツ語、英語、イタリア語、スペイン語、日本語の順で案内が流れます。当然船は流れに乗って動いていますので、2番目の英語くらいで聞き取らないと最後の日本語が流れるころには景色はずっと後ろになってしまいます。それぞれの言葉の案内の時に顔がそちらの方向に向くので何人かすぐにわかって面白かったです。まだまだ話しはつきませんが、おいおい紀行を書いていきたいと思います。

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Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 02:08 | comments(0) | -| - |
海での思い出を教えてください!
海での思い出を教えてください!
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海での思いではたくさんあります。子供の頃の海水浴の思い出がいいでしょうか?
まだ小学生のころ、父に連れられて郷津の海に海水浴にいきました。
信越線で直江津に行き、そこで北陸本線に乗り換えて何駅か先です。
小さな弟もいっしょだったと思います。

当時はまだ蒸気機関車が引く列車が一般的で、直江津までの各駅停車が駅を出発するたびに大きく「ゴトン」と揺れるのが楽しかったです。直江津からの北陸本線は今とは違って少し海岸沿いを走っており、トンネルの連続でした。今では経験者しか分からないでしょうが、トンネルに入る前に機関車が「プォーーー」と警笛を鳴らします。それを聞くと乗客はあわてて窓を閉めるという作業の連続でした。トンネルで煙が入らないようにです。

実はその海水浴に行くまで、列車でトンネルを走る経験がなかったので、父が一生懸命窓を閉めたり、空けたりする姿をいまでもよく覚えています。

肝心な海水浴はまあり記憶がないですが、葦簀張りの質素な浜茶屋とあまりきれいでないトイレ、そして緑色に近い日本海のことをかすかに覚えています。
仕事が忙しくて父がどこかにつれて行ってくれることが少なかったので、いまでは懐かしい思い出でになっています。

Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 20:26 | comments(0) | -| - |
冬の金沢 九谷焼 カニ 武家屋敷
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10数年ぶりに金沢に来た。前に来たときは1年のうちに数回あわただしく訪問し、その都度打ち合わせをし、会議を主催し、夜遅くまで会食をして帰路につくと言う感じだった。最後の訪問は日帰りだったと記憶している。

まだ息子が生まれる前の頃で時間がないなか九谷焼の酒器を奮発して買って帰った。
焼き物が好きだった父は九谷焼の良い酒器をいくつか持っており、子供の頃の記憶では正月にそれを出してお酒を飲むというのが恒例だった。現在実家は弟が継ぎ、父の酒器は今の我が家にはない。でも、どうしても正月には同じような九谷焼の酒器が欲しいとその当時求めたのだった。

久しぶりの金沢は、思ったほど寒くはなく街の様子は随分変わっていた。今回の出張ではあわただしい日程がほとんどないので、空き時間をみて近江町市場でカニを買い、ホテルの近くの武家屋敷を散策して回った。

家に着く頃にはカニは先についているだろう。父も母も紅ずわいがには好きだった。
今夜は九谷焼の徳利でカニをつまみに一杯やれるだろう。
雪のない金沢から東京に帰ったら雪のようだ。雪見酒だろうか。
Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 11:04 | comments(0) | -| - |
久しぶりの京都散策 大原 寂光院 三千院
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なんと今月はじめてのブログとなってしまった。
先週学会で京都に行ってきた。京都に行くことはなにも珍しいことではなくなってしまった最近だが、今回は少しばかり時間を取って散策をしようと決めていた。

高校の修学旅行の自由行動で班のみんなと、父の納骨で本山に行った際に母を連れて、結婚直後雪の中家内をつれて、行ったのが大原の里であった。
京都駅前からバスでたっぷり1時間はかかるから、ちょっと寄るという風にお手軽に訪れることができないのがまたいいのである。

家内を連れて行ったのは冬だったので、人も少ない雪の大原の里を歩きここは冬に限ると
思っていた。
今回は大きな目的があった。寂光院本堂は以前に私が見た堂宇ではない。平成12年に放火で全焼し、その後再建された建物である。三千院では往生極楽院の舟底天井図が復元模写されており公開されている。
この2つの復元された平成の仏教美術をこの目でしっかりみたかったのである。

底冷えのする洛中からまずは西大谷にて父母、祖母の墓参りをすませ、出町柳からバスに乗る。約30分で終点に到着、まずは寂光院に。前日の雨があがり真っ青な空の下大原の里の道にはだれも歩いていない。
寂光院の本堂は新しくなっていた。以前は中に入ることなど叶わなかったが、今は本堂の中で説明を聞くことができる。本尊の地蔵菩薩も復元されている。人も少なくじっくりと鑑賞できる。

大原の細い道を引き返し今度は三千院に。以前はそれほど気にならなかったが、呂川沿いの道は結構のぼりで長いと感じた。お昼近くになっていたので、さすがに人はそこそこいる。寒風のなか順路に沿って見学し、最後に円融蔵で舟底型天井の復元図をみる。なんと美しいのだろう。シルクロードの終点が間違いなく日本なのだ。

焼けてしまった寂光院の本堂や本尊、くすんでよくみえない往生極楽院の舟底型天井、でも復元によってかつて輝いていた時代のものが今見られるのである。違う意味でなんとすばらしいことではないか。これらの仏教美術がこれからまた千年の歴史を刻むのである。

今回の散策は十分に意義があったと言えよう。ただ、ともても寒く宝仙院で石盤をたたいたあと三千院の門前でお銚子でお酒をいただき、京都駅前の学会場に向かった。
Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 00:06 | comments(2) | -| - |
猛暑の新潟 挨拶回り
うーーん。とにかく暑い。お盆のころはもっと涼しいイメージでいたが、何とも暑くて仕方がない。
こんな猛暑のなかで、レンタカーでせっせと挨拶回りとしている。
ここしばらく帰っていなかったので、会いたい人ご無沙汰した人が沢山いる。

最初に小学校担任のK先生のご自宅へ。先生も奥様もお元気で安心する。奥様が90才、先生が86才とのこと、月日の経つのを強く感じる。「今日一日を楽しく過ごすことを考えながら生きています。いつお迎えがきてもいいです。」と言われた言葉が頭に残る。

昨日は中学校吹奏楽部当時の顧問の先生ご自宅へ。奥から出てきた先生は「春野君じゃないか?」とすぐ分かってくれた。すぐにお暇するつもりが、少しだけといいながら当時の吹奏楽部のことで話しに花が咲く。先生の記憶の正確なこと、当時のクラリネットの同期の女の子の名前がすらすらと出てくる。先生は54才で前立腺癌で大変な思いをされたが、手術で全快され今は全く不自由なく暮らされている由。70才ながら昔とほとんど変わらぬ若い姿にやはり音楽をやっている人は年をとらないのだなと感心する。30数年ぶりの再会であった。

今日も朝からすでに暑いが、親戚を中心に挨拶回りが続く。時間があれば黒姫高原の昔の合宿地など訪れてみたいと思っている。
Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 08:18 | comments(0) | -| - |
ホテルグランビア 京都
ちょっと前に泊まったホテルグランビア京都のことを書いておきましょう。
もちろん気に入ったから書くのです。

実は最近大阪での定宿は大阪駅上のグランビアなのです。いままでの定宿新阪急ホテルは客層ががらりとかわり、とても泊まろうという気になれなくなり、もっぱらネットで押さえてはグランビアに泊まっています。

構えほどはサービスはよくなく、地の利がいいのだけが取り柄と認識しています。
あと夜中の自販機が便利なことかな。

でもって、まったく期待もせずにたまたま学会期間中で京都のホテルがとれなかったので、グランビア京都に泊まったのです。
期待していなかったのに、いきなり部屋はアップグレードされ、国内では帝国ホテル大阪以来のだだっぴろい部屋に通されました。でも、調度はシックで落ち着いており、バスも使い勝手がよく、おまけにLANも完備で「仕事もしろよ・・・・」と申し分ないのです。

外人客が多いからなのでしょうか? 海外のホテルに泊まったのではないかと錯覚するほどでした。

あと、大阪との違いは従業員教育ですね。心の底からサービスをしている。マニュアルにあるからそうするのではないということがよく感じられました。
朝チェックアウトするさいフロントの女性から「お部屋はいかがでしたか?」とさらりと聞かれた時は、思わず「良かったです。ゆっくりできました。」と答えていました。
聞いた後の笑顔のすてきだったこと。決して営業スマイルではないのですね。

文句なく帝国ホテルにつぐホテルにランクして良いですね。



Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 23:51 | comments(0) | trackbacks(6)| - |
京都 円通寺
6日、熱帯低気圧の影響による雨があがった京都の円通寺にいってきた。
ちょっと久しぶりの訪問。以前は結構行くことががあったのだが、仕事を替わってから京都に滞在することが少なくなっていた。

平日のせいか、訪れる人もなく広い畳の間の一番いい場所に座り、庭園を独り占めした。
雨上がりの比叡山の上には低い雲が速い速度で通り過ぎ、雲のかげが山の中腹をよこぎっていく。
いつきてもこの景色はかわらない。17世紀の後水尾上皇の時からかわないのだろう。
でも、近くでブルドーザーの音がするのは興ざめだ。前にきたときもこんな音がしたな。
昔は、静かな場所だったのに。

タクシーを待たせているわけでもないので、寺を出て畑の広がる田舎道をてくてくと歩いてみた。京都の農家が点在している。
しばらくいると宅地の造成地にでくわした。そうだ、ブルドーザーの音はここから響いていたのだ。こんな山里まで造成が進むとは・・・。
のどかな京都の田舎風景に真新しい家並みが突如として現れている。

最初に円通寺を訪れたのは、高校1年生の時。親父の納骨にお袋と上洛した時だった。
もう30年も前のことなんだな。時代も変わるというものだ。
Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 22:43 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
どこ行く? 何する? 夏休み!
夏休みに限らず、年に何回は長めの休みを取ることにしているのですが、今年の夏休みは短めです。
8月下旬に入院手術をすることになったからです。
もちろん、その前に夏休みを取ります。

昨年好評だった野沢温泉の定宿に行く予定です。
今年は息子とと二人で父子のコミュニケーションを深めるのが目的です。
今のところ息子はかなり嫌がっています。
すっかりママっこになってしまいました。
これを父親の方に戻すのが目的なんですが、うまく行くやら・・・・?

先日の演奏会で、先生親子のすばらしいデュオを聞いてしまっているだけに父子の関係はもっとあっていいと思ったりしています。

夏の野沢温泉も素敵です。冬と同じくらい好きです。
遠くに故郷の妙高山が望めるのも何かほっとした気持ちにしてくれます。
そろそろJRチケットもそろえないといけないのですが、息子の説得がまだできていません。

夏の野沢温泉、一度行かれてみてはどうですか?
Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 00:15 | comments(0) | trackbacks(4)| - |
ゴールデン・ウィークの予定 「碓井峠」
いつも忙しさにかまけて遊んでやれない子供を連れて碓井峠に日帰りで行く予定です。
子供の行きたい所の希望を聞いたところ、横川駅に隣接する交通公園に行きたいとのことだったのできめました。

碓井峠は思い出いっぱいです。長野新幹線ができるまで東京に出てきたり田舎に帰ったりするときには必ずここを通りました。そして峠の釜飯もよく買いました。

そんな昔の思い出の地をきちんと子供にも伝えておきたいと思っています。
子供がまたその子供に伝えてくれるのを期待しています。

今から釜飯を食べるのを楽しみにしています。
Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 11:30 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
またまたプラハ ベンツタクシー
プラハのタクシーはとんでもない。それは観光案内書の言うとおり。
メーターはまずでたらめである。

最初の数日はインターコンチの新車のベンツタクシーを利用していた。結構ごきげんな乗りごごち。これにはメータがなく、ベルボーイがうやうやしく配車してくれる。行き先によって金額が決まっているようだったが、結構高いと感じた。しかしだ、ある日ホテルタクシーが出払っており、着け待ちの普通のタクシーに乗ったときだ、同じところに行ったのにメータは3倍くらいの金額。これだ、観光案内書に書いてあったのは、このことなのだ。

このあと、ホテルタクシー以外はタクシーは使わなかった。あるとき、日本料理店にいく必要があったとき運転手は一生懸命お店を探してくれた。そして帰りに迎えにきてほしいと頼んでおいたら、ずっと店の近くで待っていたらしい。しかも降りるときに精算すると待っていたにしては金額は驚くど安い。そうなんだ、ホテルタクシーは日本のハイヤーのような使い方をするのだ。
その後、海外に行くときはホテルタクシーをうまく利用し、まわりの人から驚かれた。

街を移動するのはトラムで十分。本当にトラムは便利なのだ。しかも24時間営業なので、深夜でも困らない。帰国までにトラムの王様になっていた。乗り換えができるようになると本当に縦横無尽にプラハの街中を移動できる。

一度少し離れたとステーションで、どのトラムが旧市街に行くのか分からなくなって、地図を広げているととってもきれいな英語を話す婦人が丁寧に教えてくれた。英語を話せるのがとても鼻が高いようで、丁寧に何回も何回も教えてくれた。お土産や以外で英語を話せる人が少ないのもプラハの特徴である。

あの当時はまだユーロになる前で、物価もうんと安かったが今はどうなんだろう。
Posted by : 春野おがわ | 旅行 | 01:53 | comments(0) | trackbacks(0)| - |
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